疲れているのに「まだいける」と頑張りすぎてしまう人が見落としていること
こんにちは。
心理カウンセラーの矢菅まゆです。
もう疲れ切っているのに、
ついつい“まだいける”と
自分に言い聞かせて踏ん張ってしまうーー。
そんな経験はありませんか?
今日は“まだいける”と思ってしまう、
自分に言い聞かせてしまう背景について、
一緒に考えてみたいと思います。
なぜ“まだいける”と思ってしまうのか
私が前職でリーダーになってから、
いつの間にか
身についた習慣がありました。
夜に家に帰ってからも、
チームの営業実績をPCで確認しないと、
どうにも落ち着かなかったのです。
「今日は大丈夫かな」
「数字、ちゃんと追えてるよね」
見ておかないと不安になる。
見ておくと、少し安心する。
今思えば、
身体は会社から帰宅していても、
頭だけずっと会社に置きっぱなし。
そんな状態でした。
当時の私は、
これを特におかしいことだとは
思っていませんでした。
チームを見ている立場なんだから。
これくらい、まあ普通だよね、と。
むしろ、
「私はちゃんと向き合おうとしている」
と思えて、
内心ちょっと気分がよかったくらい。
だから、
「少し疲れているかも」
という感覚があっても、
それをやめる理由にはならなかったのです。
また、前職で「働き方改革」という言葉が
今ほど当たり前ではなかった頃のこと。
朝は10時半から仕事が始まり、
会社を出るのは22時過ぎ。
気づけばそれが
「社員のいつもの一日」
になっていました。
今なら即ツッコミ!
を入れたくなる働き方ですが、
当時は、
「なんかおかしい気はするけど、
他の社員もやっているし」
と、深く考えないようにしていました。
22時過ぎに会社を出て、
帰宅した後にPCを開くのも当たり前。
長時間働くことが、
すっかり日常になっていました。
そして、
そんな働き方を続けていると、
ある感覚が生まれてきます。
――あ、まだいけるな。
――やろうと思えば、いける。
実際、
その場では意外と動けてしまう。
踏ん張れてしまう。
今思えば、
この「できてしまった」という感覚こそが、
一番危うかったのだと思います。
強いプレッシャーがかかったとき、
人の体は一時的に
“非常事態モード”に
切り替わることがあります。
気が張って、
普段より動けてしまう。
踏ん張れてしまう。
本来は、
短時間のピンチを乗り切るための反応なのですが、
それを日常的に使い続けてしまうと、
……そりゃ、疲れますよね。
でも当時の私はただ、
その状態に対して、
「まだいける」と思っていました。
改めて考えてみると、
私が“まだいける”と思っていた理由は、
根性でも、タフさでもありませんでした。
・責任感があると思い込んでいたこと
・頑張れてしまうのを
「大丈夫であることの証拠」
だと勘違いしていたこと
・周りも同じように働いている中で、
立ち止まる選択肢を持てていなかったこと
ただ、それだけでした。
でもあの頃の私は、
この働き方によって
「少しずつ限界に近づいている」とは、
まったく気づいていなかったのです。
“まだいける”を続けるとどうなるか
“まだいける”を繰り返していると、
心や体には、
少しずつ変化が現れてきます。
といっても、
最初から分かりやすく
「ムリ!もう限界!」
みたいなサインが出るとは限らない。
むしろ、
・肩こりや頭痛が続いている
・疲れているのに、なかなか眠れない
・以前は楽しめていたことが、
どこか遠く感じる
・ふとした瞬間に、
理由もなく涙が出そうになる
そんな、
「これって、
よくある疲れの一つだよね?」
と思うくらいのことから、
始まることが多いです。
だからこそ、
「気のせいかな」
「今は忙しいだけだよね」
と、そのままやり過ごしてしまう。
そしてまた、
“まだいける”を発動させる。
そうやって踏ん張り続けているうちに、
気づかないまま、
心も体もすり減っていきます。
実際に、
燃え尽きや長引く不調を経験した人は、
後からこう言うことが多いです。
「まさか、
自分がここまでになるとは思わなかった」
それくらい、
“まだいける”の最中にいるときは、
自分の状態が見えにくくなっているのです。
つまり、
「まだ大丈夫」と思えていること自体が、
必ずしも安全だとは限らない。
むしろ、
無理が当たり前になっているサイン
だったりするのです。
“まだいける”しか選べなかった私たちへ
ここまで書いてきて、
率直に言うと
「じゃあ、
どうすればよかったんだろう?」
と聞かれたら、当時の私は、
きっと答えられなかったと思います。
あの頃の私にとっては、
“まだいける”以外は、
選択肢として見えなくなっていました。
今だからこそ、
こうして振り返ってみて、
「本当にそんなに
“まだいける”を使う必要があったのかな」
と思います。
・誰かに頼れたかもしれない場面
・少しペースを落としても、
問題なかったと思われる場面
・今じゃなくてもよかったこと
思い返せば、
そういう場面は、
たしかにいくつもありました。
「今は本当に
“まだいける”で
乗り切るしかない状況なんだろうか?」
そう自分に
問いかけることができていたら──
とは、思います。
けれど、
そうやって自分に問いかける余裕すら、
あの頃の私には、
もう残っていなかったんですよね。
“もう無理”になってから、ようやく止まれた日
自分の面談に、営業の数字。
部下の面談に、チームの数字。
そのうえ、2週間に一度の報告会の準備。
“まだいける”を発動させ続けて、
問いかける余裕もなくなってしばらく経った頃。
ある報告会の前日、
どうしても準備が間に合わなくて、
「もう無理!」と思い、
仮病を使って1日だけ会社を休みました。
堂々と「休みます」とは言えなくて。
かと言って、正直に
「準備が間に合いません、もう限界です」
と言う勇気もなくて。
とにかく「報告会」から逃れるための、
苦し紛れの選択でした。
休んだその日は、
報告会をパスした解放感が
ほんの少しあっただけ。
私の身体と心が
「もう無理」という悲鳴を上げていたのに。
まるでそれをなかったことにして、
1日休んだだけで、
私はまた「まだいける」
の連発を再開しました。
そしてさらに数か月後。
さまざまな出来事が重なった結果、
私は「まだいける」とは
言えなくなりました。
もう、
「1日だけ仮病で乗り切る」
みたいな、
小手先の技ではどうにもならない。
頑張りたいのに、もう頑張れない。
丸々1か月くらいは休んでしまいたい。
だけど、有給を取ることすら怖い。
そんな状態でした。
今の私は、
あの頃の自分にこう声をかけたいです。
——本当に、
ここまで“まだいける”を続けるしか
選択肢はなかったのかな?と。
もし今あなたも、
「まだいける」を繰り返しながら
日々を乗り切っているなら。
それは弱さではなく、
ここまで頑張ってきた証拠です。
そして、
まずは一度だけでも、
自分に問いかけてみてほしいのです。
——本当に、
ここまで“まだいける”を続けるしか
選択肢はないのかな?と。
答えは、
すぐに出なくても大丈夫。
ただ、
この問いを持てたなら、
「無理を続ける」以外の道があることを、
思い出すきっかけになるから。
このブログが、
あなたが自分のペースを取り戻していく、
小さなきっかけの一つになれたら、
嬉しいです。
あなたのこれからのキャリアを、
人生を、
心から応援しています。
心理カウンセラー
矢菅まゆ
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