こんばんは。
心理カウンセラーの矢菅まゆです。

 

「なんだかうまくいっていない」
そんな自分を受け入れられないことって、
ありませんか?

「今日は仕事が全然進まなかった」

「本当は、もっとできるはずなのに」

「今日はこういう日だっただけ」
と思えたらいいのに、
なぜか割り切れないことがある。

……いつも割り切れていたら、
私はこのブログを書いていないですね。

これが今の実力なんだと認めるのが怖くて、
でも、
そこから目をそらしたくなる自分もいて。

今日はそんな
「うまくいっていない自分」を前にしたとき、
私の内側で起きていたことを
少し言葉にしてみようと思います。

 

仕事が進まなかった日、なぜか自分を責めてしまう理由

「今日は、あまり進まなかったな」

そう思う日があります。

というか、正直に言うと、
わりとあります。

理由を挙げようと思えば、
体調とか、気候とか、タイミングとか、
いくらでも出てくる。

それなのに、なぜか私は、
「今日はこういう日だった」
で終われないことがありました。

 

頭の片隅から

「本当は、もう少しできたんじゃない?」
「今の私は、
うまく力が出せていないんじゃない?」

そんなささやきが聞こえてきます。

別に、
他の誰かに責められたわけでもない。

なのに、
なぜか自分だけが、
自分を見逃してくれない感じなのです。

なぜか「調子が良かった日の自分」と比べてしまう理由

不思議なことに、
こういう日に限って思い出すのは、
ものすごく調子が良かったときの自分。

集中力が続いて、
作業がさくさく進んで、
「今日はいい感じ♪」
と鼻歌交じりにノッていた日。

なぜか、
そういう日の自分が
基準として登場します。

そして、

「本当の私は、あっちじゃない?」
「今の私は、ちょっと違うよね?」

と、比べ始めてしまう。

 

冷静に考えれば、
人間なんだから、
調子が良い日ばかりなわけがない。

でもそのときはなぜか
「波があるよね」
と受け入れられない。

一番元気な日の自分だけが
“本当の自分”で、
それ以外の日は、
どこか“例外”みたいに扱っていました。

 

以前、
私はカウンセリングでこのことを
相談したことがあります。

その時のメモが残っているので、
ちょっと恥ずかしいですが、
ここにそのままの文章を載せますね。

どうしても、
ものすごく調子が良い時の自分と比べてしまう。

調子が悪い時も多いが、
自分(のできるタスク量、実力)は
こんなもんなんだと認められればよいが、
認められない。

その日の私はこれ以上、
うまく言葉にできませんでした。

けれど、
話はそこで終わらなくて、
私の中ではもう一段、
ややこしいことが起きていました。

ややこしいのは、「認めたくない自分」をさらに責めてしまうこと

調子が良い日の自分を基準にしているだけなら、
まだ話はシンプルでした。

でも実際には、
比べていることに気づいたところから、
頭の中で、考えが勝手に広がっていきました。

 

「これが今の実力なのかも」

という考えが浮かぶと、

「いや、そんなはずない」
「たまたまだよね」

と、打ち消したくなる。

そんなふうに踏ん張っている自分に対して、
また別の声が聞こえてくる。

「そこまで認めたくないって、
どうなんだろう」

「ちょっと器が小さくない?」

 

……はい、出ました。

うまくいっていない自分に引っかかり、
それを認めたくない自分にも引っかかり、
その引っかかり方にまで
引っかかっている。

(すみません、
ちょっと日本語がややこしいですね。)

自分の中で、
考えが勝手に二階建て、
三階建てになっていく。

気づいたら、
なんだか余計に疲れてしまっていました。

すぐに割り切れなくても大丈夫な理由

ここまで読んで、
「じゃあ、どうすればいいの?」
と思った方もいるかもしれません。

正直に言うと、
私自身も、
すぐに答えは出せませんでした。

 

カウンセリングを受けたあとも、
私の毎日が劇的に
変わったわけではない。

今でも普通に、
「今日は、あまり進まなかったな」
と思う日はあります。

 

ただ、振り返ってみると、
少しずつ変わってきたこともありました。

たとえば体調があまりよくない日に、
以前よりも
「今日はこういう日だから、仕方ないか」
と、割り切れるようになりました。

それから、

「これが今の実力なのかも」
「いや、そんなはずない」

という考えが出てきたときに、
「あ、今考えてるな」
と気づける瞬間が、
少しずつ増えていった気がします。

以前はそこから、

「こんなふうに思う自分ってどうなんだろう」
と、さらに自分を責める気持ちが
出てきていましたが、
その回数も減ってきました。

自分を責める流れに、
前よりも少しずつ気づけるようになったこと。

それだけでも、
私には意味のある変化でした。

 

たとえば、
うまくいっていない感じがあること。

そこから目をそらしたくなる
自分がいること。

それを、
「自分はダメだ」とか
「まだまだだ」とか、
そういう話にまでしなくていいのです。

「どうやら今、
私はここで止まっているらしい」

それくらいの距離で、
眺めるだけでも十分です。

 

割り切れないままでも大丈夫。

今日は、
「そういう流れがあるらしい」と知って、
少しだけでも立ち止まれたなら、
もうそれでいいのだと思います。

 

 

あなたのこれからのキャリアを、
人生を、
心から応援しています。

 

心理カウンセラー
矢菅まゆ