こんばんは。
心理カウンセラーの矢菅まゆです。

 

「分かっているのにできない」

そんな状態に
モヤっとしたことはありませんか?

たとえば、

・ダイエットは運動と食事管理が
大事って分かっているのに、
夕食の後にお菓子を食べている

・早寝がいいと分かっているのに、
気づけばスマホを片手に夜更かし

“分かっている”のに、できない。

このズレに、
地味に疲れていたり、

「またできなかったな……」
とひそかに落ち込んでいる人、
けっこう多いんじゃないかなと思います。

……はい、
直近の私がまさにそうでした(笑)

今日はこの
「分かっているのに、できない」について
今の私の実感も交えながら、
少し書いてみます。

 仕事で感じた 分かっているのにできない感覚

私自身、前職の仕事の中で
「分かると、できるは違う」
という言葉を、
何度か耳にしたことがあります。

当時の私は、
「まあ、そりゃそうでしょうね」と、
わりと軽く受け止めていました。

言われていることはたしかにその通りだし、
どこか“当たり前の話”の
ようにも聞こえたんですよね。

でも今になって振り返ると、
あの言葉はけっこう
本質を突いていたなと思います。

仕事の場面って、

・こうした方がいい、
という“理屈”は分かる

・頭では「なるほど」と理解できる

・でもいざその場になると、
思うようにできない

こんなことは、
わりと普通に起きます。

たとえば、
「優先順位をつけて
取り組んだ方が良い」と分かっていても、

電話や目の前のタスクに追われて、
結局、その場その場で動いてしまったり。

「もっと早めに相談した方がいい」
と分かっていても、
タイミングを逃して、
気づいたら一人で抱え込んでいたり。

 

頭ではちゃんと分かっているのに、
その通りの行動がスムーズにできない。

この“ズレ”に出会うたびに、
「分かってるのに、
なんでできないんだろう」と、

自分に対してちょっと
がっかりしてしまうこともあります。

でもこのズレって、
能力が低いとかやる気がないとか、
そういう話ではない……
はずなんですよね。

そもそも、
「分かる」と「できる」は、
別のレイヤーにあるものなんだと思います。

知識として“理解している”状態と、
身体が自然に動いて“使える”状態。

この二つの間には、
思っている以上に距離があります。

 

……って、
こう書くのは簡単なんですけどね。

実際に「できる」側に行こうとすると、
この距離、体感ではわりと遠い。

ときには、
果てしない距離に感じることすら、ある。

そしてこの“遠さ”を、
私自身、ブログを書く中で
まさに味わっている最中だったりするのです。

知っているのにできない理由 分かるとできるの時間差

情報があふれている今の時代、
「知る」こと自体は、
正直かなり簡単です。

……簡単に知れるからこそ、
むしろ追いつかないくらい。

スマホを開けば、
仕事のコツも、メンタルの話も、
それっぽい“正解”が出てくる。

(しかも大量に。)

 

でもそれらを

・自分の言葉として話せる
・その場で自然に行動に移せる

というところまでいくには、
どうしても時間がかかります。

頭に入れた知識は、
自分で試してみてうまくいかなかったり、
「なんか違うな」と感じたり、

ちょっとずつ微調整したりしながら、
少しずつ“身体の感覚”に馴染んでいく。

 

……ってこれも言うのは簡単だけど、
実際は、けっこう地味で、
地道な作業だったりします。

この地道な過程を通って、
ようやく「できる」に
近づいていく感じです。

 

同じ話を何度も聞いているのに、
ある日ふと
「あ、そういうことか」
と腑に落ちた経験はありませんか?

これは、
その時の自分の状態が
違うからなんだと思います。

余裕があるときと、
追い込まれているとき。

あとは、
自分の経験値の違いによって、
同じ言葉を聞いたとしても、
自分の感じ方が変わったりするんですよね。

だから、
「前にも聞いたはずなのに、できない」
というのは、
能力が足りないわけではなくて。

(自分を責めたくなる気持ちは分かるけれど。)

ただ、
“受け取れるタイミング”の問題なだけ、
ということもあります。

分かっているのに行動できない ブログが書けなかった私の話

実はこのブログを書くこと自体が、
私にとって「分かる」と「できる」の間を
行ったり来たりする体験でした。

こう書くとよい、
こうした方が伝わりやすい、
という知識は、
以前教えていただいていました。

そのときは
「なるほど」「分かりました」
と、頭では理解したつもりになります。

……つもり、
なんですよね。

なので、
いざ一人で書こうとすると、
……全然うまく書けない。

調子よくスイスイ書けていたとしても、
後日、投稿したものを読み返すと

「なんだこれは……」

という気持ちになる。

教えてもらった書き方の“知識”は
一体どこへ行ったのやら、というくらい
「なんか違う……」
という感覚だけが残る。

「じゃあ、具体的に
どこをどう直せばいいのか?」
と考え出すと、
途端にフリーズ。

分かったはずのことが、
自分の動きとしては、
全然出てこない。

何度か同じ“書き方の知識”に触れていても、
それが本当の意味で腑に落ちていなくて、
すぐには体現できない。

まさに、
このブログのテーマそのものを、
自分の身体で体験していました。

この期間って、
どうにも、もどかしくて、
じれったい。

 

たとえるなら、
「分かる」という岸と、
「できる」という岸の間には、
川みたいなものが流れていて。

頭の中の理解だけは、
もう向こう岸まで行っているつもりなのに、

気づいたら、
身体はこちらの岸で立ち尽くしている。

実際に動ける自分の身体は
置いていかれていて、
頭だけが先に進んでいる、
そんなイメージです。

(おいおい、待ってくれ~い。)

だからこそ、
その川をどう渡るかを、
色々試していく。

ジャンプで超えられると思っていたのに、
思ったよりもその幅が広くて、
「え、泳ぐの?船いる?」
みたいな距離感だったりする(笑)

泳ぎ始めては、流されて。

結局引き返して、
今度は船を作るところから
始めたりしながら、
少しずつ距離を縮めていく。

たぶん、
この行ったり来たりの時間そのものが、
“変換の期間”なんだと思います。

知っている状態から、
身体で使える状態に変わるまでの、
どうにもならない“時差”みたいなもの。

この期間って、
目に見えるような成果は出にくいし、
手応えも薄いし、

自分でも「止まっている」かのように
思えてきたりする。

でも実際は、
止まっているわけではなくて、
水の中で必死にバタ足をしている。

前に進もうとしているんです。

さらに、
“変換期間”の長さは人それぞれ。

だからこそ、
つい自分を責めたくなるのかもしれません。

でも、ここを一切通らずに
いきなり「できる」側に
行く人はいないんですよね。

外からはその“変換期間”が
見えていないだけなのです。

分かっているのにできない途中にいるあなたへ

「分かっているのに、できない」

その途中の期間って、
ひとりで抱えていると、
どうしても“止まっているような感覚”に
なりやすいもの。

体感としては、
進んでる気が全然しないやつです。

周りがみんな「できる人」に見えてしまって、
自分だけが「できない人」のように感じる。

そんな日もあると思います。

私も、ありました。

 

そのためカウンセリングでは、
その途中経過を、
どうぞそのまま持ってきてくださいね。

その時々のあなたの状態を、
点ではなく“流れ”として
見ていくことができるのも、
カウンセリングの特徴です。

その場の気持ちを大切にしながら、
それだけで終わらせず、
これまでの変化や、
繰り返しているパターンも含めて見ていきます。

自分ひとりでは言葉にしにくいところを、
少しずつひも解いていくことができます。

そうしていくことで、
今までなら手が止まっていた場面で、
スッと肩の力が抜けることも、
少しずつ増えていきます。

 

たとえば、
「まあ、やってみるか。
完璧じゃなくてもいいや。」
と思える瞬間が増えたり。

小さな一歩だけれど、
その一歩を踏み出すときの身体の重さが、
前より少し軽く感じられるようになっていったり。

「分かっているのに、できない」
そんな自分を責める毎日から、
「今はこの地点にいるんだな」と
自分をそのまま受け取れるようになる。

その先に、気づいたら、
「分かる」から「できる」に変わっていて、
前よりも自然に動ける自分がいます。

あなたのペースで大丈夫。

カウンセリングで、
お力になれたら嬉しいです。

 

 

あなたのこれからのキャリアを、
人生を、
心から応援しています。

 

心理カウンセラー
矢菅まゆ

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