恵まれていることへの罪悪感|「私だけ幸せでいいの?」と思ったときに
こんばんは!
カウンセラーの矢菅まゆです。
最近、私には
「恵まれていることへの罪悪感」
が強かったことに気づきました。
会社を辞めて、
自分のやりたい仕事に挑戦している今。
周りにも応援してもらい、
毎日の時間もかなり自由に使えている。
ありがたいし、
幸せだなと思う。
それなのになぜか、
「こんなに好き勝手してていいのかな」
と申し訳なくなることがある。
今日はそんな
「恵まれていることへの罪悪感」
について。
自分だけ楽しむことに、なぜか罪悪感があった
私は会社を辞めてから、
仕事をする日もあれば、
出かけたり、
家でゴロゴロしたりする日もあります。
かな~り自由です(笑)
そんなある日。
夫が仕事から
疲れて帰ってきました。
一方の私は、
遊んだり、
ゴロゴロしたり。
かなり自由に過ごした一日。
「あー、今日も自由で楽しかった!」
と思っているのに、
疲れている夫を見ると、
なんだか申し訳ない気持ちが湧いてくる。
「私だけこんな自由で、
なんか……悪いなあ」
自分は楽しく過ごしているのに、
すぐそばに大変そうな人がいると、
自分も楽しんでは
いけないような気がする。
そんなことってありませんか?
たとえば、
自分は仕事がうまくいっている。
希望していた働き方もできている。
本当は嬉しいはずなのに、
周りに大変そうな人がいると、
「私だけうまくいってて
いいのかな……」
と素直に喜べなかったり。
ここで私の話に戻すと。
夫が疲れていることと、
私が楽しく過ごしたことは、本来別。
私まで一日苦しんだとしても、
夫の仕事が楽になるわけではないんですよね(笑)
むしろ私が楽しく過ごしている方が、
夫だって嬉しいはず。
(そこも含めてありがたい……!)
分かってる。
分かっているんだけど、
それでも「悪いなあ」が
どこかに残っていたんですよね。
「幸せだ」と書くのが怖い
この罪悪感は、
ブログやnote、
メルマガを書くときにも出てきていて。
「これ書いたら、
幸せアピールみたいかな」
「自慢に見えないかな」
と何度も思ってきました。
たとえば、
姉弟仲が良い話を書いたら、
兄弟仲が良くなかった人は
嫌な思いをするかな……とか。
じゃあ、
家族との関係がいい話は?
会社を辞めて
自由に暮らしている話は?
楽しく休日を過ごしたという話は?
そう言いだしたら、
私、何も書けなくない?
……そう。
何も書けない(汗)
そして本当に、
「これを読んだ人が
嫌な気持ちにならないかな」
と考えて、
書いては消し、
書いては消し。
……というか、
実際には書く前から
脳内であれこれ考えているので、
一文字も書かないまま
手が止まっている。
みたいなことも
よくありました(汗)
わざと誰かを傷つけたいわけではないし、
読む人への配慮は大事。
だけど、
自分が幸せだ話を書くことと、
誰かに自分の幸せを見せつけることは、
同じではないはず。
それでも私は、
幸せだとそのまま書くのが
怖かったんです。
誰かの苦労を知ると、「それに比べて私は」と思ってしまう
カウンセリングの練習の一つとして
ロールプレイを行うことがあるんですが、
そのとき、
自分が経験したことのないような
話を聴くことがあるんですね。
そんなとき、
「なんて壮絶な経験をしてきたんだろう」
と思う。
そしてなぜか、
「それに比べて私は……」
が始まる。
たとえば、私は、
家族との関係に
恵まれて育ってきたと思っています。
だから、
「私はぬくぬく温室育ち
だったんじゃないか……」
と考えたり。
さらには、
「そんな私に、
カウンセラーなんてできるんだろうか」
まで考える。
もちろん、
自分が同じ経験をしているかどうかと、
目の前の人の話を聴いて、
理解しようとすることは別です。
頭では分かっています。
でも誰かの苦労を知ると、
なぜか自分が恵まれていたことまで、
申し訳ないことのように
感じてしまう。
私が苦労したところで、
その人の苦しかった過去が
変わるわけでもないのに。
これも、
分かってるんだけどさ。
頭で分かることと、
実際に感じることは、
どうやら別だったんですよね。
「幸せで申し訳ない」が出てこなかった日
そんな私にも、
ただ幸せを受け取れた瞬間はあって。
以前、
夫の実家で
何日か過ごしたときのこと。
一緒にご飯を食べて
「おいしい」と言ったり、
同じ部屋で
のんびり過ごしたり。
そんな時間の中で、ふと、
「私はそのままで、
ありのままで愛される」
という感覚が降ってきました。
一生懸命考えて
たどり着いたわけではなく、
本当に突然やってきた感じ。
そして不思議なことに、
あのときは
「こんなに愛されて申し訳ない」
とは思わなかったんです。
なぜなのかは、
今もよく分かりません。
ただ、
「でも」も、
「申し訳ない」もくっつけずに、
幸せをそのまま受け取れた。
そんな瞬間がありました。
とはいえ今も、
すべてを受け取れるようになった!
とは言えません。
今でも夫を見て
申し訳なくなることはあるし、
発信するときに
怖いな~という気持ちが
出てくることもあります。
ただ今は、
「私は恵まれている。
それをありがたいと思っている」
ということについて、
余計な言い訳をくっつけずに
受け取ることを試している最中です。
「受け取る」ことを、一緒にやっていく
じゃあ、こんなふうに
「恵まれているのに申し訳ない」
と思ったとき、
どうしたらいいのか。
一つ思うのは、
罪悪感が出てきたときに、
その気持ちまで
悪者にしなくていいんじゃないか、
ということです。
「せっかく幸せなのに、
なんで素直に喜べないの?」
「こんなこと思っちゃダメ」
と追い払うのではなく、
まずは、
「ああ、私は今、幸せで、
恵まれていて申し訳ないって
思ってるんだな」
と気づく。
私はそれも、
自分の気持ちを「受け取る」こと
だと思っています。
そして、
受け取るのは
罪悪感だけではなくて。
嬉しい。
楽しい。
幸せ。
そういった気持ちまで、
「でも私より大変な人もいるし」
と、わざわざ小さくしなくていいんです。
カウンセリングでも、
あなたが話してくれたことを、
まず私が受け取ります。
そして、
自分の口から出た言葉を
自分の耳でも聴いていく。
「ああ、私、
本当はこんなふうに感じていたんだ」
「これを
嬉しいと思っていたんだ」
人に話したことで初めて、
自分でも気づくことがあります。
そうやって、
自分の中にあったものを
自分でも受け取っていく。
私自身もまだ途中ですが、
あなたと一緒に
「受け取る」ことが
できたらと思っています。
家族や友人と
くだらないことで笑って、
「私、幸せだな」
とふと感じたとき。
平日の昼間、
カフェで温かい飲み物を飲んで、
ホッとしたとき。
そこへ急いで、
「私だけ楽しんでごめんなさい」
「幸せでごめんなさい」
を付け足さなくてもいい。
そのとき自分の中にある
「嬉しい」
「楽しい」
「幸せ」
を、そのまま自分のものとして
受け取れるようになっていく。
そんな日々を、
あなたと共に歩んでいけたら嬉しいです。
今回少し触れた、
夫の実家で過ごしたときのことは、
こちらの記事に詳しく書いています。↓
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